不妊治療で辛かったことやどのように乗り切ったのか経験者の私が嘘偽りなくお話します

子なし夫婦

現在、日本で不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は 5.5 組に1組だと言われています。

日本では、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は、全体で 18.2%、子どものいない夫婦では 28.2%です。これは、夫婦全体の 5.5 組に1組に当たります。
(国立社会保障・人口問題研究所「2015 年社会保障・人口問題基本調査」による)
厚生労働省資料より

 

私が不妊治療をしていた約20年前は、「10組に1組」と言われていたんですよ。

その頃と比べると、随分増えたんだなぁ..という印象です。

 

不妊治療を辞めてから約20年近くが経ちました。

その時から比べたら治療技術も上がり、私が受けてい不妊治療の情報はもはや役に立たないものだと思います。(だから書きません。)

でも、不妊治療の辛さと女性が陥る葛藤は、20年前とたいして変わってないと思うんですよ。

 

なぜそう思うのかというと、『Yahoo知恵袋』に投稿されている不妊治療で悩んでいる女性の声を読んだからなんです。(私の時代と同じだなぁって感じました。)

 

しかし、その辛さや葛藤は、それぞれが乗り越えなくてはなりません。

 

冒頭から厳しいことを言ってしまい、すみません。m(_ _)m

でも、あなたの気持ちは、同じ経験者として痛いほど分かります。

 

しかし、もう20年近くたったので、今はもう「辛い」と感じることはありません。辛かった記憶が残っていますが、年が経るとともに薄らいでいきます。

そして今では、不妊治療をしていたことが恥ずかしいとか、隠したいという気持ちもありません。

 

子供ができなかったからといって私達夫婦は夫婦仲がぎくしゃくしたり、離婚することはありませんでした。

 

そして私は今「強く」生きています (^^)

そして今私は、とても幸せです。

 

前置きが長くなりましたが、、、

*今回お話すること
 不妊治療で辛かったこと
不妊治療中の生活をどのように乗り切ったのか

今回はこの2つのことについてシェアさせて下さい。

 

マインド的なことが多くなりますが、不妊治療中のあなたに何らかの参考になれば幸いです

 

不妊治療で辛かったこと

私は27歳で結婚しましたが、結婚当初はそんなに「子供が絶対欲しい!!」というわけではありませんでした。

旦那さんとも「○○歳になったら、子供を作ろうね!」なんて話もしたことはありませんでした。

 

それでも、32歳を過ぎた辺りから、親の「治療をしてみたら?」の声がうるさくなり34歳の時に渋々と(?)不妊治療を始めるようになりました。

子供が嫌いというわけではありませんでしたが、自分が子供を持つことに実感があまりわきませんでした。子供がいなくてもいいかなぁ、と考えることもありました。

 

34歳から38歳〜39歳になるまでの5年近く、不妊治療をしました。

 

しかし、5年間みっちりと治療をしていたわけではなく、時々休みながらやっていたので、正味3〜4年位だったのではないかと思います。

 

ちなみに私は、

人工授精:4回
体外受精:2回

を経験しています。

もうかなり昔のことなので、記憶が断片的だったりするところもあるのですが、「辛かったなぁ」ということについてお話していきますね。

 

注射が苦痛だった

不妊治療で思い出すことはまず、注射 です。

 

不妊治療では「排卵誘発剤」や「黄体ホルモン」など、しょっちゅう注射を打たなくてはいけませんよね。

注射が好きな人なんて普通いないと思いますが、これが痛いのなんのって!

 

筋肉注射ですから痛いのも仕方ないのですが、数日間続けて毎日、注射を打ちに病院に通う日々がありました。

時には冬の夜道、空に「月」を見ながら病院に行った記憶もあります。

 

「なぜ私だけ、こんな痛い思いをしなければならないのだろう・・・?」

 

どこに気持ちをぶつけていいか分かりません。

当時はインターネットはあったけれど、「不妊治療」のコミュニティなんて今のようになかった時代です。

 

「Twitterで呟いてストレス発散することもできませんでした」

 

体外受精で痛い思いをした

体外受精は2回したのですが、それぞれ別の病院で行いました。

そのうちの一つの病院では麻酔をしない方針でした。

「麻酔がないのって怖いな」と思ったのですが、実績のある病院でしたので、そういうものかな、と思いました。

 

しかし、終わってからの痛みがハンパなかったです!

悶え苦しむ…までではなかったですが、でもその一歩手前位の痛さでした。

無麻酔には個人差があるようで、痛みがあまりない人もいるようですね。

先にお話した「痛い注射を打ちに通わなければいけなかった」ことと、この無麻酔の痛さがきっかけで、

「もう不妊治療続けたくないな」って思いました。

(不妊治療を終わらせるきっかけにもなった気がします。)

 

どんどん太っていった

不妊治療時には、薬も飲まなくていけません。

薬のせいか分かりませんが(多分、薬のせいだとは思うけど・・笑)、どんどん太っていくようになりました。

もしかしたら、たんに「運動不足」だったのかもしれませんが(💦)、不妊治療中、特に人工授精や体外受精をしている最中に運動なんて、「流産しちゃうかも?」と思うと出来ませんでした。

 

妊娠しているわけでもないのに、どんどん太っていく。何なんだろうな?って思いましたヨ💦

 

通院の曜日や時間帯が選べなかったこと

当たり前の話だと思いますが、私が通院していた病院はそこそこ人気だったからなのだと思いますが、通院の曜日や時間を選ぶことはできませんでした。

選ぶことはできなくても、せめて同じ曜日や同じ時間帯にしてもらえれば良かったのですが、かなり不定期な感じでしか予約が取れませんでした。

つまり、治療優先の生活をしなくてはならないから、おちおち仕事(正社員として)に就くこともできませんでした。

 

お金も貯まらないし、結果も出ない(子供が出来ない)。そしていつ終わるかも分からない。

「報われない」という言葉がありますが、まさに努力しても報われないのです。

 

旦那があまり協力的ではなかったこと

 

実は、私の旦那さんは協力的なようで協力的ではない部分もありました。

これについては、今振り返れば、やっぱり「精神的に成熟してなかった」ことが原因だと思います。(多分「今」の旦那さんならもっと協力的だと思います。)

例えば、「精子」を持っていくために、朝無理やり出していただく作業。

その時私は、彼からは「無理やりやらされてる感」を感じました。

それを見ると、「申し訳ないな」と思う気持ちと、「でもやらなきゃいけない」という気持ちの板挟みでした。

 

また、体外受精の時に、旦那さんと一緒に病院に行くことになるのですが、「日にちや時間を選べないのか」と言われてしまいました。

 

通院日を好きに選ぶことはできません。フレシキブルさもありません。

医者が指定したその日に行く以外選択肢はないのです。

そのことを旦那さんに理解してもらうのに、ちょっと苦労したことを覚えています。

 

仕事を休めないという彼の気持ちは「昭和女の私」としては(笑)分かるのですが

「一日位有給(せめて半休)が取れないの?」

と責めたことがあります。

 

だって大事でしょ〜!?ねぇ…

 

ところで、通院の時に旦那様と一緒に来院している夫婦もいました。

それを見て私は「いいなぁ〜。羨ましいなぁ」って感じました。

 

旦那さんの仕事は、「休みが取りづらい」業界です。

このことは百も承知でしたが、それが協力的でないように感じてしまい、悲しいというか、寂しい気持ちがしました。

 

まぁ、「不妊治療」に全く協力的でない旦那さまも中にはいるみたいなので、それと比べたら幸せだったのかなと思いますが(比べることではないのかも?)💦

 

 

結果にがっかりするの繰り返し

一番最初にしたのは「人工授精」だったのですが、この最初のものが「一番惜しい」状態でした。

つまり、もうちょっと頑張れば「妊娠した状態」(数字的に)になったということです。

ところが、それ以降、全くカスリもしないような結果に毎回終わりました。

説教じみたことは言いたくありませんが、子供が欲しいなら、やっぱり年齢が早いうちに治療を始めた方がいいと思います。

 

金銭的な負担

実は30歳を超えた辺りから、私の両親が「子供はまだか?」と私にせっつくようになりました。

あれだけ私の結婚に反対していたクセに!!・・・

余談ですが、私は親の反対を押し切って結婚をしました。

親の反対を押し切って結婚に踏み切った理由と4つのチェックポイント
告知<NEW>!! 「結婚を親に反対された人が読むブログ」をオープンさせます!(正式オープンは3月で...

(このあたりのことはこちらに詳しく書いています)

 

不妊治療の費用は全部出すから、とにかく治療をして欲しいと言われたので、私が治療費を出すことはほぼありませんでした。(病院に通う交通費位は出しましたが💦)

そういう面では私は恵まれていたとは思います。

 

それでも、思うように働きに出られないわけですから、好きに使えるお金も減りました。

旦那さんはまだ30代半ばの会社員。金銭的余裕がそんなにあるわけでもありません。

 

金銭的な余裕がないと、「精神的な余裕」もなくなっちゃうんですよね

 

 

親からのプレッシャー

今お話したように、不妊治療の費用をほとんど私の親が出してくれたこともあり、お金も出すけど口も出す状態でした。

私は当時インターネットで、まだ少ない情報量の中で、渋谷区内にある不妊治療の専門病院に通うことにしました。

しかし2回目の「人工授精」の結果が失敗に終わった時、私の両親はその病院が「腕がないのではないか」と言ってきました。

そんなこともあり、私はこの他に2つの異なる病院を経験しました。

 

口うるさい親から逃げたくて、逃げるように結婚したのに、和解してきたと思ったら今度は「子供を作れ」と口うるさく言う・・・

親からのプレッシャー

 

私が「不妊治療」から心が離れ、通常の生活に戻った40歳になってからも、私の両親は「ここの病院がいいそうだよ」と、1〜2年は頻繁に言ってきました。

 

親は「子供のことを思って」と言います。
でも、不妊治療を受けるのは親ではありません。だから、苦しさとか辛さは100%は理解できないんです。でも、これは仕方ないことですよ。立場が違うんですから。

 

 

以上が、私が経験した「不妊治療中」の辛くて苦しいことでした。

じゃあ、私はその不妊治療中、どういう風に乗り切ってきたのかについてを次にお話したいと思います。

もう少しお付き合い下さいね。

 

不妊治療中の生活をどのように乗り切ったのか

不妊治療をしていた当時のことをお話しましたが、読み返してみると、けっこう私って頑張ったんだなーって思います。自画自賛ですね(笑)💦

(でも、当時は自分が「頑張っている」という意識はありませんでした。)

 

先にお話したように、私が不妊治療で強烈に覚えているのは痛さ太ることです。

しかし治療している限り、この2つは避けることができません。(※「太る」は体質もあると思いますが)

 

だから私はその当時、他のことをして気を紛らわしていました。

私が不妊治療の乗り切ってこれたのは、この他のことをして気を紛らわすだったと思います。

 

それでは、どんなことしていたのか、5つのことをお話します。

1 在宅で仕事をして気を紛らわした

不妊治療中は、通院・手術中心の生活になりますから、外でフルタイムで働くことはできませんでした。

しかし私は幸いなことに、ほそぼそとながら在宅で仕事ができる環境にありました。

私は在宅の仕事をすることで、不妊治療の辛さを紛らわせていました。

 

私は30代の前半に、在宅で「ウェブサイトの制作」の仕事を不定期に始めるようにになりました。

もう20年以上前のことですから、私のように素人に毛が生えた程度でも、サイト制作の仕事はそんなに苦労せずにゲットすることができたんですよ💦

 

またその後、「初心者向けのパソコン教室」の講師や、自宅にお邪魔して初心者にパソコン操作を教える仕事もしていたことがあります。

※なお、パソコンの講師は、不妊治療を途中でお休みしている時にしていました。(なので長期ではありません)

 

仕事としてだけではなく、自分のホームページも作っていました。

なおサイト制作のために当時勉強したアプリケーションソフトは、

・Photoshop
・イラストレーター
・DreamWeaver
・FireWorks
・FLASH

などです。(今はもうないものもありますネ💦)

 

「サイト作りの技術は将来にもつながるから」と信じて、一生懸命やっていた記憶があります。(元々好きだったということもありましたが)

 

なお、この サイト制作とその勉強とスキルは、その後の私の人生に大いに役立っています。

 

2 オンラインチャットで海外の人とおしゃべりをした

私は「チャット大好き人間」で、20代後半から30代後半ぐらいまでハマっていた時期がありました。

今では、「チャット、めんどくさーい」って思いますから、えらい変わりようですよね💦

 

当時は海外の人とチャットをよくしていました。(テキストチャットがメインです)

私がよく使っていたチャット・ツールは

・PowWow
・MSNメッセンジャー
・Internet Phone
・Skype

です。(上の3つはもうないと思います。)

 

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、イスラエル、トルコ、オーストラリア、カナダ…etc など色々な国の人と話しました。

元々、海外の人達と話したり、日本語をボランティアで教えていたりした時期があったので、外国の人と交流すことは好きでした。

 

今思うと、海外の人達とチャットしていたのは、ある意味「現実逃避」だったのかなと思います。リアルに存在しているけど、おそらく会うことのない人達。仮想的要素が強い交流でした。

 

 

3 新しく外国語を習い始めた

今お話した「オンライチャットで外国人とおしゃべりをした」ことがきっかけで、私は「トルコ語」の勉強を始めるようになりました。

英語じゃなくて、何か新しい言語を学びたかったのですよね。

トルコ語の語順は日本語と同じです。文法も似ているので日本人にとって英語よりも習得しやすい言語です。

 

後で学校に通うことになりましたが、独学でもある程度勉強することができました。

「勉強が進む」というのは気持ちが良いものです。

 

結果が出ない不妊治療だったからこそ、目に見える(努力の)結果というのは、その代償になったと感じています。

 

 

4 親友の相談に乗っていた

私の大学の頃からの友人(私は「親友」だと思ってる)が、当時、今で言う「婚活」をしていました。

個人の特定をされてしまうとまずいので、彼女のバッググラウンドの詳細を書くことはできませんが、

ある事情で、彼女は男性の「縁」になかなか恵まれず大変な思いをしていました。(美人で性格も良いのに・・・です。)

 

「相談に乗る」というと、ちょっと偉そうなのですが、そんな彼女と会ったり、電話で話をしていました。

 

なかなか解決しそうもなく、彼女は私の目の前で泣いたこともあります。

私は何をすることもできなかったけれど、なんとかしたかったし、彼女には幸せになって欲しいと、いつも考えていました。

不妊治療で大変だった私。でも、もっと辛い思いをしている友達を勇気づけることで、私も乗り切れたのだと思います。彼女に感謝しなくちゃですね。

 

そんな彼女も、私が不妊治療を辞める39歳の頃に、良縁があり結婚をしました。

今では旦那さんと幸せに(しかも一軒家を建てて)暮らしています。

 

5 旦那さんと会話するようにした

不妊治療で協力的ではない部分もあった旦那さんでしたが、だからといって夫婦仲が悪くなることはありませんでした。

 

当たり前のことですが、病院に行ったらどんなことをしたのかを話ていましたし、不妊治療のこと以外でも、旦那さんとは時間があればよく会話していました。

 

「協力的じゃないのに、どうして旦那さんと普通に会話できるの?気にしないの?」って思いますよね。

「協力的じゃない」といっても「(不妊治療を)拒否された」わけではありません。

 

旦那さんの今一つ協力的でない態度の理由は、彼の仕事から来るものでした。

 

「イクメン」なんて言葉もない時代でしたし、「不妊治療のために仕事を休むなんて(ちょっとねぇ…顰蹙)」という風潮もありました(特に旦那さんの仕事の業界はそんな感じでした)。

旦那さんにそれを跳ね除けるだけの力は当時ありませんでしたし、「頑張れば子供はできるんじゃない?」と楽観的に考えていたからだと思います。

 

不満もあったけれど、旦那さんと会話をするようにしたことは良かったと思っています。

今振り返ると、彼と話すことが「ストレス発散」になっていたと感じています。

 

不妊治療の辛さと乗り切り方のまとめ

この記事では、次の2つのことについてお話をしました。

 不妊治療で辛かったこと
不妊治療中の生活をどのように乗り切ったのか

2つ目の「どのように乗り切ったのか」についてですが、何も特別なことはしていません。

 

ただ他の何か興味あることをして、不妊治療の辛い気持ちを分散させた

それだけです。

まとめると

 

不妊治療で乗り切った方法

在宅ので仕事をして気を紛らわせた将来のことも考え、未来を見る

オンラインチャットで海外の人とおしゃべりをして楽しんだ気晴らしとちょっとした現実逃避

 

 外国語にチャレンジした新しいことへのチャレンジ

 

親友の相談に乗ったヘルプが必要な相手にサポートをした (=つらいのは私だけじゃない)

 

旦那さんと会話をするようにした不妊治療が原因で夫婦仲が悪くならないようにした

 

 

実は、この記事はあなたに何か「アドバイス」しようと思って書いたのではありません。

私が今回お話したかったのは、

貴女は乗り切れる。乗り越えた先に「幸せ」が待っている

ということです。

 

冒頭でもお伝えしましたが、

私は今とても幸せです。旦那さんと幸せに暮らしています。

私達夫婦に子供はいません。

 

今回「乗り切った方法」についてお話しました。厳密には、「乗り越え方」については、完全にお話していません。

別の機会に、不妊治療を辞めたことと、「不妊治療を終了し、どうやって乗り越えてきたか」についてお話したいと思います。

 

ところで、もしあなたが現在「不妊治療」のまっ最中で、色々悩んでいるのなら、この「誰も教えてくれなかった 子どものいない人生の歩き方」をおすすめします。

Twitterのフォロワーさんでも「この本に救われた」という人が何人もいます。

20年前にこの本があれば良かったなぁって思います。

 

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この記事を書いた人
雫(しずく)

結婚28年を過ぎた子供がいない夫婦です。「仲がいいね」とよく言われますが本人はあまり実感がありません。お互い好き勝手なことをやりつつも、お互い感謝し、二人で過ごす時間も大事にしています。

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